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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)6545号 判決

―事件――――――

(大阪地裁昭五七(わ)第六五四五号事件)

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和五七年一二月四日午前七時五〇分ころ、大阪府寝屋川市大字寝屋八一〇番地付近路上において、その直前大型貨物自動車を運転走行中対向車とすれ違つた際双方のバックミラーが接触損壊した事故につき、相手車両の運転者永田栄次郎(当時三三歳)と話し合つたが、合意に至らないまま、同所道路左端寄りに西に向けて停止させていた大型貨物自動車の運転席に乗り道み、右後方の安全を確認したうえ発進し、自車をやや右方に寄せながら約三メートル進行して左側バックミラーを見ようとしたところ、右永田が自車左前部に乗つて片手でバックミラーの支柱を持ち、他方の手でバックミラーを叩いているのを認め、同人が自車左前部のバンパーないしステップの上に立ちバックミラーを壊そうとしているものと思つたが、同バンパー及びステップは足場として不安定であるうえ、地面からの高さが約一メートルあり、右永田は両手を用いてもつぱら車体につかまつていたわけでなく、しかも自車は毎時約五ないし六キロメートルの速度で走行していたのであるから、このような場合自動車運転者としては、できるだけすみやかに、かつ、安全に自車を停止させ、もつて同人が路上に転落したところを轢過する等の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、そのまま進行を継続した過失により、まもなく路上に転落した同人の頭部等を自車左側後輪で轢過し、よつて同人をして脳挫滅等により即死させたものである。

(証拠の標目))〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年六月に処し、後記の情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(主位的訴因を排斥し、予備的訴因を認定した理由)

一本件における主位的訴因は、「被告人は、昭和五七年一二月四日午前七時五〇分ころ、寝屋川市大字寝屋八一〇番地付近路上において、同日、大型貨物自動車を運転走行中生ぜしめた接触事故につき、相手方の永田栄次郎(当時三三年)と話し合つたが、合意に至らないまま、前記大型貨物自動車運転席に乗り込み発進したところ、同人が同車前部バンパー左前部に飛び乗り、左側バックミラーを叩くのを見て腹を立て、車両の振動により同人を転落させるもやむなきと決意し、そのまま時速約一四キロメートルで進行して、同人を同所付近路上に振り落した上、自車左側後輪で同人の頭部等を轢過して同人に脳、心臓、肝臓、肺臓各挫滅の傷害を負わせ、よつて同人を即死するに至らしめたものである。」というのである。

二そこで、右主位的訴因たる傷害致死罪の成否について検討する。

1  前掲各証拠を総合すれば、以下の各事実が認められる。

(一) 被告人は、昭和五七年一二月四日午前七時一二分ころ、大型貨物自動車(三菱ふそう、型式FU一一九S、後輪二軸式、左右の後輪はすべてダブルタイヤ装着、車長11.86メートル、車幅2.49メートル、車高2.87メートル、車両重量9.28トン、最大積載量10.5トン、当時の荷重約10.3トン。以下これを「被告人車」又は「自車」ともいう。)を運転して、大阪府道枚方交野寝屋川線の西行車線を走行中、大阪府枚方市高田一丁目六番一三号先に差し掛つた際、折から同所東行車線を対面進行して来た永田栄次郎運転の大型クレーン車の右側バックミラーと自車右側バックミラーが接触し、双方のバックミラーが損壊したが、先を急いでいたこともあつて同所に停車することなく、そのまま同府道を西進走行し、右接触地点から約1.1キロメートル離れた大阪府寝屋川市大字寝屋八一〇番地先の信号機のある交差点(通称寝屋交差点)の約六〇メートル手前まで至り、信号待ちのため停止している先行車に続いて停止した。なお、同所は、ほぼ東西に通じる右府道の西行車線上にあり、片側一車線のアスファルト舗装された平担な道路で、その幅員は約4.5メートルであり(但し、幅約1.3メートルの外側線が施されているのでその有効幅員は約3.2メートルである。)、南側には防護柵によつて画された歩道が設けられている。

他方、右永田は、前記接触事故を起こしたにもかかわらずそのまま走り去つてしまつた被告人を追跡するため、折から右事故現場付近の西行車線を通り掛つたトラックに乗り込んで被告人車を追いかけ、前記交差点手前で停止中の被告人車に追い付いて下車し被告人に対して車から降りるよう求めた。

(二) 被告人は、自車を左に寄せながら約一二メートル西進して、右防護柵との間に約七〇センチメートルの間隔を置いて停車し、自車から降りて右永田と話し合つたが、被告人の責任を追及してバックミラーの修理を要求する右永田とこれを拒否する被告人とが互いに譲らず、そのために右永田において寝屋川警察署に電話をして右事故の処理について相談したものの解決するに至らず、再び押し問答をしたすえ、合意に至らないまま双方とも右警察署へ出頭して、事故の報告をすることとした。

(三) そこで、被告人は、同日午前七時五〇分ころ、自車にただ一人乗り込み、右の方向指示器により合図したうえ、運転席右側窓から顔を出して右後方を振り向き、側方通過車及び後続車を確認し、右に少し転把しながら発進し、約三メートル進行して左側バックミラーを見ようとしたところ、右永田が自車左前部に乗り、片手でバックミラーの支柱を持ち、他方の手でバックミラーを叩いているのを認め、同人が自車左前部のバンパーないしステップの上に立ち、バックミラーを壊そうとしているものと思つた(以下被告人が右永田を認めた際の被告人車の最前部の位置を「現認地点」という。)。なお、被告人車の左前角には、その左斜め前方に突き出るようにしてバックミラー取り付け用支柱が設置されており、その支柱に三個のバックミラーないしアンダーミラーが取り付けられているが、右永田が叩いていたのは、そのうち最下部に設置された左後方確認用のものである。また、同車の前部バンパーは、地上からの高さ約九五センチメートルの位置に、幅約七センチメートルのものが車両本体の前部及び左右の角に沿つて設置されており(但し、車両本体とバンパーの間には約五センチメートルの隙間がある。)助手席側ドアの下には地上からの高さ約九五センチメートルの位置に乗降用ステップが設置されている。右永田が被告人車発進の前後から現認地点に至るまでのどの時点で同車に飛び乗つたのかは証拠上明らかでないが、被告人が現認した時点においては、その右足を助手席側乗降用ステップに、左足をバンパー左前角部辺りに置いていたものと推認される。

(四) ところで被告人は、右永田の動静及びそのまま進行を継続すれば如何なる事態に立ち至るかについて格別注意することなく、毎時約五ないし六キロメートルあるいはそれをやや上回る程度の速度で約一〇メートル走行を続け、再度自車左前部を見たところ、右永田の姿が見えなかつたので、同人はもはや自車から飛び降りたものと軽信し、加速して自車を走行させたが(タコグラフチャート紙の毎時一四キロメートルの表示は、誤差もあり得るが、この時のものと推察される。)、すれ違つた対向車の運転手から声をかけられたことから停止して下車し、自車によつて右永田を轢過したことを知つた。

右の間、右永田は、前記のような姿勢で被告人車の左前部バックミラーを叩いた後、同車前部に回り込み、両足ともバンパーに乗せ、両手で前記バックミラーをもぎ取ろうとし、更に、同車前部の中央寄りに移動し始めた際足を滑らせて同車の直前に落下し、同車の左右の前輪の間から車体の下に入り、左後輪によつて仰向けの状態で左下腿部から腹胸部を経て頭部を轢過され、脳挫滅等により即死するに至つた。

なお、事故直後西行車線上の現認地点から9.2メートル西方の地点に頭蓋骨が骨折したうえ脳が挫滅した右永田の頭部があり(以下この地点を「轢過地点」という。)、その身体は頭部を西方に、下肢を東方にして仰向けの状態になつていたこと、被告人車には、その左後輪(二軸共)の各ダブルタイヤの内側に血痕及び脳奨が付着しており、車底部の燃料タンクの下面に払拭痕があるほかは、右永田を引きずつたような痕跡がないこと、右永田の身長は1.72メートルであること、被告人が現認地点から約一〇メートル西進した地点で自車左前部を見たところ右永田の姿が見えなかつたことなどに徴すると、右永田は、被告人車が現認地点から約七メートル余り西進した地点(以下「落下地点」という。)で同車から落下したものと推認される。

2  ところで、暴行罪における「暴行」とは、人の身体に対する有形力の不法な行使を意味するのであるが、本件のように走行中の自車に不安定な状態で乗つている者がいるのにもかかわらず、そのまま進行を継続する行為がその者に対する有形力の不法な行使として「暴行」に該当するためには、右自動車の速度、走行の態様、走行に伴う車体の振動の有無程度、車体に乗つている者の姿勢や車体へのつかまり具合、足場の状態や位置等から見て、進行の継続によりその者が車体から転落する危険性が相当高度であることを要し、その危険性がそれほど高くなく、右の進行継続行為がいまだ社会通念上相手方の身体に対する不法な攻撃といいえない程度のものである場合は「暴行」にはあたらないものと解すべきである。そして、仮に客観的には右の危険性が高度であつたとしても、運転者においてそのような危険性の基礎となる事実を認識していないのであれば暴行の故意を欠くものというべきである。

3  そこで被告人の行為が暴行にあたるか否かの点はしばらく措き、被告人に暴行の故意があつたか否かについて右の観点から検討するに、前記認定の各事実によると、被告人が自車左前部に乗つている永田を現認した時点において、同人は、片手でバックミラー取り付け用支柱を持つてその身体を支えながら、他方の手でバックミラーを叩いていたのであつて、両手で車体につかまつていたわけではなく、しかも、車体につかまることに専念していたわけではないこと、右足を助手席側の乗降用ステップに、左足をバンパーの左前角辺りに置いていたのであるが(但し、被告人は、右のような足の位置を確実に認識していたわけではなく、バンパーないしステップの上に足を置いていると漠然と考えたにすぎない。)、右バンパー及びステップは、その形状及び地上からの高さから見て足場としては不安定であつたことなどに鑑みると、被告人が進行を継続することによつて同人が路上に転落する危険性があつたこと自体は肯認すべきである。しかしながら、他方、右現認時点ないし永田が車体から落下した時点における被告人車の速度は毎時約五ないし六キロメートルあるいはそれをやや上回る程度で極めて低速であつたこと、しかも、被告人は急加速や急転把など車体や人体に振動や遠心力を与えるような運転をしなかつたこと、本件事故現場付近はアスファルト舗装された平坦な道路であり、右のような特別の運転方法をとらない限り、被告人車のような大型車の運転・走行に伴う車体の振動は微少であると考えられることなどに徴すると、前記の永田が車体から路上に転落する危険性もさほど高度のものということはできない。なお、被告人は、右永田が被告人車の前部に回り込み、両足ともバンパーに乗せ、両手でバックミラーをもぎ取ろうとし、更に、同車前部の中央寄りに移動しようとするなどというようなことは、およそ予想していなかつたのである。

結局被告人が認識した範囲内の事実に基づいて、右永田が被告人車の車体から路上に転落する危険性の程度を考えると、それはさして高くなく、その状態のもとで自車の進行を継続する行為が社会通念上右永田の身体に対する不法な攻撃と見られるほどのものではなかつたというべきであり、したがつて、被告人には暴行の故意がなかつたものといわなければならない。なお、このような場合、右永田に対する傷害の故意を認める余地のないことはもちろんである。

以上の次第で本件においては傷害致死罪は成立しない。

三しかしながら、被告人が自車左前部に乗つている永田を現認した時点において、そのまま進行を継続することによつて右永田が路上に転落する危険性があつたことは前記のとおりであり、前記認定の諸状況に徴すると、被告人は、右永田が路上に転落し、自車に轢過される事態が発生することを予見しえたものと考えられ、また、現認地点から落下地点までは約七メートル余の距離があつたうえ、右現認時の被告人車の速度が毎時約五ないし六キロメートルにすぎなかつたこと等の点から見て、右予見に基づいて、できるだけすみやかに、かつ安全に自車を停止させる措置をとり、右永田が路上に転落したところを轢過するような事故の発生を未然に防止することも可能であつたと考えられるから、被告人は、判示のような注意義務を負つていたものというべきである。しかるに被告人は、右注意義務の履行を怠つて、漫然と進行を継続したため、判示のような結果を発生させたのであるから、業務上過失致死罪の罪責を負うべきものといわなければならない。

(量刑の理由)

本件における被告人の過失は、目前に危険な状態でいる被害者に対するものである点で軽くなく、発生した結果はまことに重大であつて、一家の支柱を失つた遺族の心情は察するに余りあること、遺族との間で示談も整つておらず、その被害感情はいまなお峻烈であると思われること等を考え合わせると、被告人の刑事責任は決して軽視できないものといわなければならない。

しかしながら、他面、被害者にも無謀な行為をあえて行つた落度があり、それが結果発生の一因となつていること、被告人は、これまでの長年にわたる運転経歴を通じて三回の犯則歴があるほかは何ら交通関係の前科がないこと、被害者の遺族には損害の填補としては十分とはいえないとしても二〇〇〇万円の強制賠償保険金が支払われる見込があること、勾留期間も長期にわたり本件について深く反省していることなど被告人のため酌むべき事情も認められるので、以上の諸点と総合考量のうえ、主文掲記の刑及び執行猶予を相当と判断した。

よつて主文のとおり判決する。

(青木暢茂 齋藤隆 稻葉一人)

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